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孫子・四書五経諸子百家

老子

聖人(せいじん)は無為(むい)の事(こと)に居(お)り、不言(ふげん)の教(おし)えを行(おこな)う。

道を体得した人は、何事にもとらわれず、言葉を使わず教えを行なう。

上善(じょうぜん)は水(みず)の如(ごと)し。水(みず)は善(よ)く万物(ばんぶつ)を利(り)して争(あらそ)わず、
衆人(しゅうじん)の悪(にく)む所(ところ)に居(お)る。故(ゆえ)に道(みち)に幾(ちか)し。

もっとも理想的な生き方は、水のようなものである。
水は、万物に恵みを与え、相手と争そわず、衆人の嫌がる所へと流れていく。
だから道に近いのである。

有(ゆう)の以(も)って利(り)を為(な)すは、無(む)の以(も)って用(よう)を為(な)せばなり。

実在が意味をなすのは、無が作用しているからである。

善(よ)く行(い)く者(もの)は轍迹(てっせき)なし。

道を体得した者は、行動した跡をのこさない。

善(よ)くする者(もの)は、果(は)たして巳(や)む。以(も)って強(きょう)を取(と)ることなし。

戦いの上手なものは、目的を達したら矛を収め、むやみに強がらない。

人(ひと)を知(し)る者(もの)は、智(ち)なり。自(みずか)ら知(し)る者(もの)は、明(めい)なり。
人(ひと)に勝(か)つ者(もの)は、力(ちから)あり。自(みずか)ら勝(か)つ者(もの)は、強(つよ)し。

人をよく知っている者は、知識人であるといえるが、自分を知っているものは、智恵者である。人に勝つ者は、能力のある者といえるが、自分に勝つものは、本当に強い人である。

大巧(たいこう)は拙(せつ)なるが如(ごと)く、大弁(たいべん)は訥(とつ)なるが如(ごと)し。

本当に巧妙なものは、稚拙なように見える。本当の雄弁は訥弁と変わらない。

知(し)る者(もの)は言(い)わず、言(い)う者(もの)は知(し)らず。

道を体得している人は、知識をひけらかさない。
知識をひけらかす者は、道を体得してはいない。